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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)2944号 判決

原告

兼成明男

ほか一名

被告

藤堂藤吾

ほか一名

主文

1  被告岡田邦彦は、原告らに対し、それぞれ金六八八万六、一二九円およびうち金六二八万六、一二九円に対する昭和六〇年二月六日から支払済まで年五分の割合による各金員を支払え。

2  原告らの被告岡田邦彦に対するその余の請求、被告藤堂藤吾に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用中、原告らと被告藤堂藤吾との間に生じた分は全部原告らの負担とし、原告らと被告岡田邦彦との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告岡田邦彦の負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告らに対し、各金一、五五三万五、〇〇〇円およびうち金一、四八三万五、〇〇〇円に対する昭和六〇年二月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和六〇年二月五日午後五時一〇分頃

2  場所 京都府長岡京市神足四反田五番地先の国道一七一号線路上

3  加害車 普通乗用自動車(京五八ふ二三五七号)

右運転者 被告岡田邦彦(以下被告岡田という)

4  被害者 足踏二輪自転車(以下被害自転車という)乗用中の訴外亡兼城和代(以下訴外和代という)

5  態様 訴外和代が被害自転車に乗つて国道一七一号線を横断してのち、中央寄り車線を南進中、その後方から南進してきた加害車に追突され、跳ねとばされた

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告藤堂藤吾は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告岡田は、加害車を運転して本件道路を南進するに際しては、前方を注視して歩行者や他の車両の動静に注視し、歩行者や他の車両を認めてからは、これに接触や追突をしないように速度を調節し、かつ、適切なハンドル操作をして事故の発生を未然に回避するなどの注意義務があるのに、これを怠り、後続車にのみ注意をうばわれて前方を注視せずに南進し、先行する被害自転車を認めて狼狽し、適切な結果回避の措置を講じなかつた過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

訴外和代は本件事故により脳幹部挫傷の傷害を受け、昭和六〇年二月六日午前七時三分、入院先の済生会京都府病院で死亡した。

2  葬儀費用

原告らは訴外和代の葬儀の執行のため九〇万円の葬儀費用を要した。

3  死亡による逸失利益

訴外和代は、事故当時三四歳で、家事労働に従事する傍ら日新染工(株)に勤務し、一か年平均二四〇万五、七〇〇円の収入(昭和五九年度同年代女子平均賃金)を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三三年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三、二三〇万四、六五三円となる。

4  慰藉料 一、八〇〇万円

訴外和代は、その夫であり日本労働党の党活動に従事している原告兼城明男を経済的、精神的に助け、原告暁子を養育し、まさに一家の主柱ともいうべき役割を担つていたのであつて、訴外和代の無念さをあえて金銭に見積ると右金員となる。

5  弁護士費用 原告らにつき各七〇万円

四  損害の填補

原告らは自賠責保険金として二、〇〇〇万円の支払を受けた。

五  相続

訴外和代の死亡により、その夫である原告兼城明男及びその長女である兼城暁子が訴外和代の被告らに対して有する損害賠償請求権を法定相続分に応じ、それぞれ二分の一づつ相続した。

六  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおり判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一の事実は認める。

二の1は否認する。

二の2は争う。

三の1は認めるが、その余は不知。

四は認める。

五は不知。

第四被告らの主張

一  過失相殺

訴外和代には、被害自転車に乗つて国道一七一号線を南進後、道路を横断するに際し、後方を十分に確認することなく急に幹線道路を斜めに横断して右側車線に入り加害車前方に進んだ過失があり、本件事故現場付近には信号機が設置されていることを考えると訴外和代の過失は重大であつて、損害賠償額の算定にあたり大幅に過失相殺されるべきである。

二  損害の填補

本件事故による損害については、原告が自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。

1  治療関係費 二、五〇〇円

2  葬儀費用など 二六万円

3  遺族特別支給金 三〇〇万円

第五被告らの主張に対する原告らの答弁

一は否認し争う。

二の1ないし3の金員を受領したことは認める。

しかしながら、二の2のうち六万円は被告ら及び被告藤堂の雇用する従業員らが香典として支払つたものであるから損害賠償金の一部ではなく、また、二の3は労災保険法二三条による支給金であるから、いずれも原告らの損害賠償金から控除されるべきではない。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

第二責任原因

一  運行供用者責任

成立に争いのない乙第一一、第一三、第一四号証、被告岡田本人尋問の結果によれば、加害車は被告岡田が昭和五九年一二月に舞鶴市の「カーデイアム・マツガサキ」から購入したものであること、加害車の購入に際して被告藤堂の紹介を受け、同人が購入代金支払いの保証人となつたことはあるものの、その代金は被告岡田の責任において支払われていること、被告岡田は被告藤堂に雇用され、本件事故当日も、加害車を運転して京都市伏見区に所在する建設現場へ出向き、その仕事を終えての帰宅途中の事故ではあつたものの、被告藤堂の雇用する被告岡田以外の七人の従業員は被告藤堂の保有する九人乗りバスに同乗して工事現場へ赴いていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右によれば、被告藤堂が加害車に対する運行支配を有していたものと認めるに足りず、かえつて、加害車に対する運行支配は被告岡田に存したことが認められ、そうすると、原告らの被告藤堂藤吾に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、棄却を免れない。

二  不法行為責任

(一)  成立に争いのない乙第三ないし第一四号証、第一八号証、証人脇本元由の証言、被告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分は除く。)を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1 本件事故現場は、最高速度を時速五〇キロメートルと制限された国道一七一号線南行一方通行道路(二車線)と西北西から東南東へ走る道路とが交差する交差点内道路上であつて、本件交差点に至る道路西側には名神高速道路法面が、東側には側溝をはさんで工場・食堂などの建物があるため前方の見通しはよいものの左右の見通しは悪く、本件交差点の信号機も南行は黄色の点滅を表示していた。

2 被告岡田は、仕事を終えて帰宅すべく加害車を運転して時速約六〇キロメートルの速度で国道一七一号線の左側車線を南進中、本件交差点北東にある食堂「大三元」出入口付近(南行車両停止線から北へ約一五メートル)に被害自転車に乗つた訴外和代が振り返つて加害車の方をみているのを認め、同女が南北道路を横断しようとしていることに気付いたが、同女は道路左側端寄りに停止して加害車の通過を待つてくれるものと期待する反面、被害自転車が横断することがあることも考えあわせ、交差点手前約四五メートルでハンドルを右へ切り右側車線へ車線変更したことによりもはや被害自転車への危険はないものと思い込み、被害自転車の動静に注視せず、後方を進行してくる同僚の同乗するバスに注意をうばわれ、ルームミラーで右バスの動静を注視していたため約二九・四メートル進行して始めて前方約一八・一メートル先の進路前方を左方から右方にやや斜めに横断している被害自転車を認め、衝突の危険を感じて狼狽し、ブレーキ操作をしてハンドルを左へ切ろうとしたが狼狽のあまり思うにまかせず、被害自転車が南へ向つて進行する状態になつたときに加害車前部を追突させ、訴外和代は加害車右前方約六・一メートルまではね飛ばされ、被害自転車は約一九・五メートル先の名神高速道路法面まで飛ばされた。

3 訴外和代は、勤務先の日新染工(株)を午後五時に退社し、被害自転車に乗つて国道一七一号線南行道路左側端を南進し、本件交差点附近を西へ進み名神高速道路下の随道を通るべく南行道路を斜めに横断しようと後続南進車両の動静を確認してのち斜め横断し、本件交差点東西歩行者用横断歩道上の地点で車道右側車線へ進み、右側外側線より約〇・九メートル車道寄りまで進行し、斜め横断を終えて一旦は南行直進状態になろうとした際、後方から加害車に追突され、訴外和代は約六・一メートル右前方へはね飛ばされ、被害自転車は約一九・五メートル右前方へ飛ばされた。

4 実況見分時における被告岡田の指示説明をもとに被害自転車の速度をみるに、時速約六〇キロメートルで進行する加害車が二一・五メートル進行する間に被害自転車は約三・七メートル進んでいることから、時速約一一キロメートルを超える速度ではなかつたものと認められる。

5 事故現場付近道路には、事故当時こまかい雨が降つていたが路面はぬれておらず、路肩部分が少し湿つていた程度であつたのに、加害車のスリツプ痕その他の痕跡は認められず、訴外和代転倒地点路上に血こんが付着し、衝突地点付近に被害自転車のものによつて生じたとみられる路面擦過が二か所に印象されていた。加害車には右前部バンパースカート曲損、右前バンパー右端擦過、右前照灯右側ガラス擦過破損、右前ボンネツト擦過が認められ、被害自転車は後輪(後方からの押損で)が曲損し、車体フレームが曲損しており、自転車後輪スポークが路上に三本散乱していた。

(二)  右事実によれば、被告岡田は加害車を運転して国道一七一号線を南行直進するに際しては、本件交差点の信号機が黄色の点滅を表示しており、また、前方車道左端に道路を横断しようとしていた訴外和代運転の被害自転車を認めたのであるから、最高制限速度を遵守するのみならず減速したうえ、被害自転車の動静を注視しながら進行しなければならない注意義務があるのに、これを怠り、制限速度を約一〇キロメートル上まわる速度のまま走行し、交差点手前約四五メートルでハンドルを右へ切り右側車線へ車線変更したことにより被害自転車への危険はないものと思い込み、被害自転車の動静に注視せず、同僚が同乗する後続車に注意を奪われ、ルームミラーで右後続車両の動静を注視していた過失により、約一八・一メートル先に被害自転車を認めて狼狽し、これとの衝突を避けるためブレーキ操作をしてハンドルを左へ切ろうとしたが思うにまかせず、加害車右前部バンパー右端、右前照灯右側部、ボンネツト右端を被害自転車後部に追突させたことが認められるのであるから、民法七〇九条により、被告岡田は訴外和代の本件事故による損害を賠償する責任がある。

しかしながら、右事実によれば、訴外和代にも、本件事故の発生にあたり、加害車の動静を十分に注視することなく右斜め横断をした、側後方注視不十分、横断方法不適の過失が認められる。

第三損害

1  受傷及び訴外和代の死亡

訴外和代は本件事故により脳幹部挫傷の傷害を受け、昭和六〇年二月六日午前七時三分、入院先の済生会京都府病院で死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  葬儀費

原告兼城明男本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証によれば、訴外和代の葬儀の執行のため合計金七〇万円以上の金員を要したことが認められるものの、本件事故と相当因果関係にある葬儀費用は七〇万円と認める。

3  将来の逸失利益

証人脇本元由の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、証人脇本元由の証言、原告兼城明男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外和代は事故当時三四歳で、転職により昭和五八年四月から日新染工(株)に事務員として勤務し始め、同社における昭和五九年度の年収は一八六万八、四九二円であつたこと、訴外和代は、夫の原告兼城明男が政治団体の役員をし、その活動に多忙であつて出張も多く、事故当時八歳の長女の養育を一手に引き受けて養育に努めるとともに、専業主婦に劣らない家事労働にも従事していたこと、訴外和代の一家三人の生活費は、現金収入の少ない原告兼城明男にかわつて、訴外和代の現金収入にその多くを依存していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

一般に、結婚して家事に従事する妻は、その従事する家事労働によつては金銭収入を得ることはない。しかしながら、妻がその家事労働について現実に対価の支払を受けないのは、妻の家事労働が夫婦の相互扶助義務の履行の一環としてなされ、また、家庭内においては家族の労働に対して対価の授受が行なわれないという特殊事情に基づくものであつて、家事労働に属する多くの労働は、労働社会においても金銭的に評価することが可能であるのみならず、短的に、妻の労働能力そのものを生産性のあるものとして評価することもできるのである。ところで、この家事労働を評価するにあたつては、専業主婦の場合、現在の社会情勢等に鑑み、平均的労働不能年齢に達するまで、女子雇傭労働者の平均賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが相当なのであるから(参照最判昭四九年七月一九日・民集二八巻五号八七二頁)、兼業主婦における家事労働に対する評価も、兼業において得ている収入が女子雇傭労働者の平均賃金を下まわる場合には、専業主婦との権衡上、少なくとも、専業主婦の家事労働に対する評価としての女子雇傭労働者の平均賃金から兼業において得ている現実の収入を差引いた金銭を兼業主婦の家事労働に対する金銭的評価と解するのが相当である。家事労働に対する評価は、自らもその利益を享受している点で、これを家政婦等の他人に依頼したときの対価と比較することはできず、また、他に比較すべき同一職種がみあたらないため、立証責任の観点から、被害者にとつて控え目な認定を甘受すべきものと考えられるのである。なお、兼業主婦がすでに兼業において女子雇傭労働者の平均賃金を上まわる収入を得ている場合には、家族構成員による家事労働の相互扶助が推定されるうえ、その者に対する稼働能力の評価が兼業収入によりもはや評価され尽しているものと解されるから、家事労働に対する評価を兼業収入に加算することはできないものと解される。

これを本件に適用すると、右事実によれば、訴外和代は、収入の少ない原告兼城明男を補助して一家三人の生活費を稼ぐため現金収入を求めて昭和五八年四月から日新染工(株)に事務員として勤務し、昭和五九年度で一八六万八、四九二円の収入を得ていたが、家にあつては三人家族の主婦として兼業主婦にも劣らない家事労働にも従事していたことが認められるところ、訴外和代と同年代女子労働者産業計・企業規模計・学歴計昭和五九年度平均賃金は年収二四〇万五、七〇〇円(昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表)であるから、訴外和代の兼業主婦としての稼働能力に対する金銭的評価としては兼業収入と家事労働分とをあわせて年収二四〇万五、七〇〇円と認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三三年、生活費は収入の三五%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式による年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二、九九九万七、一七八円(円未満切捨て。以下同じ)となる。

計算式

240万5,700円×(1-0.35)×19.1834=2,999万7,178円

4  治療関係費

訴外和代の治療関係費として二、五〇〇円を要したことは、当事者間に争いがない。

5  慰藉料

本件事故の態様、訴外和代の傷害の部位、程度、死亡の事実、訴外和代の年齢、親族関係その他諸般の事情を考えあわせると、訴外和代の慰藉料額は一、三〇〇万円とするのが相当であると認められる。

第四過失相殺

前記第二認定の事実によれば、本件事故の発生については訴外和代にも横断方法不適、側後方不注視の過失が認められるところ、前記認定の被告岡田の過失の態様等諸般の事情を考慮し、優者危険負担の原則を適用すると、過失相殺として訴外和代の損害のうち四分の一を減ずるのが相当と認められる。

そうすると、訴外和代は被告岡田に対し、訴外和代の損害総額四、三六九万九、六七八円の四分の三に相当する三、二七七万四、七五八円を請求しうることとなる。

第五権利の承継

成立に争いのない甲第一、第一〇号証、原告兼城明男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因五の事実が認められる。

第六損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争いがない。また、被告らの主張二事実も、当事者間に争いがない。しかしながら、原告らが受領した金員のうち遺族特別支給金は、その支給根拠が労災保険法二三条に基づくものであつて、遺族の福祉の増進を図つたものであるから、これを損害の填補とすることはできず、また、原告兼城明男本人尋問の結果によれば、原告らに交付された二六万円のうち六万円は社会的儀礼として支払われたことが認められるから、右六万円を損害の填補とすることもできない。

よつて、原告らが相続した訴外和代の前記損害額から右填補分二、〇二〇万二、五〇〇円を差引くと残損害額は一、二五七万二、二五八円となる。

第七弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告岡田に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は各六〇万円とするのが相当であると認められる。

第八結論

よつて被告岡田は原告らに対し、それぞれ六八八万六、一二九円、およびうち弁護士費用を除く六二八万六、一二九円に対する本件不法行為の翌日である昭和六〇年二月六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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